◎秋田比内地鶏とは?

”日本一高品質で野鶏に近い品質を目指しています。”
比内鶏は古くから、秋田県北部の比内地方で飼われていました。美味しいとの評判が高く、藩政時代には年貢として納められていたほどです。
繁殖力が弱かったことから、よりよい食用肉として改良しようと、昭和48年に秋田県畜産試験場が比内鶏の雄とロード雌をかけ合わせて育成。これに「比内地鶏」と名付けました。
今では、鹿児島の薩摩鶏や愛知の名古屋コーチンと並ぶ日本三大美味鶏の一つと定評を集めています。



◎肥沃な大地からの贈り物

太陽の光がふりそそぎ、澄んだ空気ときれいな水をたたえる、秋田県北部の肥沃な大地が秋田比内地鶏のふるさとです。
恵まれた自然の中で150日以上もの間の広い環境での運動と日光浴・牧草の採食効果によって数多くの地鶏の中でも一味違うしまった味の良い肉が誕生します。
ふるさとの自然から恵まれた深い滋味。上等の魚のように脂をたくわえ、その味はまるで天から落ちてきた甘露のようです。広い環境の中で手塩にかけて育てられている比内地鶏。日本三大食鶏の一つに数えられる絶妙なおいしさをじっくり味わいください。
比内地鶏は、秋田の郷土料理「きりたんぽ」には欠かせない食材として珍重されていますが、「しゃぶしゃぶ」 「鶏すき」 「鍋物」などの和風料理はもちろん、洋風料理でも最高の味わいが楽しめます。グルメの心を知る、極上の味をたっぷりお楽しみください。

◎比内地鶏の歴史

比内地鶏は雄の比内鶏(天然記念物)と雌のロード種を掛け合わせた一代雑種、「F1」です。
父方の比内鶏は野鶏に近く、その肉質はキジ、ヤマドリに似て風味がいい。しかし、他の鶏と比べると成長が遅く、繁殖率が悪いことから昭和48年秋田県畜産試験場が比内鶏の特長を引き継ぎながら、生産性を向上させるため選び抜かれたのが雌のロード種との掛け合わせです。
県畜産試験場が、昭和48年から食用としての研究に取組み、掛け合わせた結果、『比内地鶏』を誕生させ、昭和53年から市場に出回るようになりました。

◎比内鶏の歴史

約五〇〇年前に、加賀前田家の利家の妻「まつ」が、比内地方から地鶏を三羽譲受飼育した文献があり、もしかしたら、比内鶏ではないかというロマンを感じさせます。
比内鶏は古来より、旧藩時代の比内地方(秋田県北部地方)に飼われていた鶏で、おいしさゆえ旧藩時代には年貢として納められていたほどでした。
昭和17年に国の天然記念物に指定されました。
名前の由来は、文献上”ひない”の名前が出てきているのは西暦878年頃であり、”ひない”とは秋田県北部地区一帯を指した地名です。

◎比内鶏の保護

比内鶏を保護している秋田県畜産試験場の担当の中小家畜部 養鶏科の力丸先生にお話をお伺いした。
現在のオスの比内鶏は、長い間比内鶏同士を交配し、病気に対する抵抗力、肉付きを良くする為改良を重ねた結果、秋田比内鶏として、メスのロード種と交配をしています。
昭和48年頃より試験を開始し、数種類のメスと交配試験を重ねた結果、良いかけ合わせが昭和52年に完成し、昭和53年より食用として、ヒナを一般の農家で供給しています。
当時は、比内鶏が病気などに弱く、死ぬ確立がたかかったことと、卵もあまり産まなかったことから、比内鶏同士を交配し、改良した結果、現在の比内地鶏として出荷できることになりました。
ちなみに、比内地鶏の現在のオス親である秋田比内鶏は、34代目だとされています。
当時、秋田県畜産試験場の職員の方々の並々ならぬ努力の賜物であるのが、現代に蘇った比内地鶏ではないでしょうか。
今後は、比内地鶏のDNA識別手法の確立、飼養技術の開発により、秋田県独自の地鶏として秋田比内地鶏のDNA識別手法を確立し、秋田ブランドを維持するとともに、消費者への安全安心を確保しながら、出荷羽数の増大を図るため強化したい。(2007年にお話しをうかがいました)


※DNA識別手法とは?
DNA(デオキシリボ核酸の略称で、遺伝子の本体として、生物の核内に存在する物質)の多型部位を検査することで、個人識別するために行う鑑別である。犯罪検査や、親子などの血縁の鑑定に利用されており、また作物や家畜の品種鑑定にも応用されている。